はじめに:「バカの壁」とは何か?
「バカの壁」という言葉をご存じだろうか。
これは解剖学者・養老孟司氏の著書で広まった概念であり、人間が自己の認知的・心理的限界によって、異なる意見や視点を受け入れられなくなる状態を指す。
つまり、「聞く耳を持たない」状態に陥った個人や組織に立ちはだかる“知の障壁”だ。
近年、こうした「バカの壁」が日本の中枢──とりわけ財務省に見られるという批判が高まっている。
特に、財政規律に固執し、現実の社会や経済の変化に柔軟に対応できない姿勢が、「政策硬直性」や「国民との断絶」として露呈している。
一方で、「知性とは木のようなもの」という有機的な比喩がある。
知識や判断力は、根(価値観)から幹(構造)、枝(展開)、葉(応用)へと成長する有機的プロセスを経てこそ意味を持つ。
1問1答型の断片知識では、複雑な社会課題には太刀打ちできない。
本稿では、「財務省のバカの壁」と「知性の木」という二つの象徴を軸に、政策形成の構造的課題と、日本社会全体が直面する知的再設計の必要性を掘り下げていく。
「知性は木である」──断片知識から有機知へ
東洋思想には、「全体性」や「自然との調和」を重視する視点が根付いている。
禅や道教は、知性を部分の集合ではなく、価値観・文脈・行動が一体となった生命体のような存在として捉える。
この有機的知性の観点から見ると、財務省が行ってきた政策は「葉っぱを並べること」に終始してきたと言える。
数字や財政指標を整えることに集中し、その背後にある根(国民の生活や倫理観)や幹(経済構造の持続性)を見失っている。
一方、西洋的な合理主義は、分析・還元主義に根ざし、「複雑な問題をシンプルな数式で表す」傾向が強い。
財政規律主義は、その象徴的帰結だ。
だが、現代の政策課題は、そんな単純計算では乗り越えられない。
財務省に見る「知の硬直化」──構造的バカの壁
1. 歴史的背景とエリート構造
財務省(旧大蔵省)は、明治期から国家の金庫番として絶大な権力を握ってきた。
特に戦後の復興期と高度経済成長を経て、財政支配の正当性を自らのアイデンティティとした。
その結果、「自分たちが国を支えている」という選民意識が制度化された。
2. 組織文化の問題
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上下関係の固定化:若手が自由にアイデアを発信できる風土がない。
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東大法学部偏重:同質的人材による閉鎖的コミュニティが、新たな視点を排除。
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省益主義の蔓延:国家よりも省内の統制権を守ることが優先される。
3. 政策失敗の実例
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消費税増税(2014年・2019年):消費を冷え込ませ、成長を鈍化。
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コロナ対応の遅れ:財政出動をためらい、迅速な国民支援に失敗。
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地方創生の形骸化:地方に配分されるべきリソースが絞られ、経済の多様性が損なわれた。
なぜ「1問1答」的知識では社会を救えないのか?
教育現場や官僚育成において根強い「正解主義」は、複雑な現実への対応力を奪う温床となっている。
財務省に蔓延する「模範解答を出すことが正しい」という思考様式では、社会の動態的変化や国民の感情を汲み取ることはできない。
本来、政策は「問い」を立てるところから始まるべきであり、答えは状況に応じて変わる。
その柔軟性と探究心こそが、本当の意味での知性である。
壁を乗り越えるための改革ロードマップ
組織文化の変革
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多様性ある人材の登用:民間企業や地方自治体からの人材登用を促進。
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若手提案制度の創設:「政策ピッチコンペ」の常設化で創造力を引き出す。
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失敗を許容する制度:小規模な試行錯誤(パイロット制度)を制度化。
制度の透明化と参加型デザイン
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予算編成プロセスの可視化・オープンデータ化
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市民参加型予算制度(Participatory Budgeting)の導入
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独立評価機関による政策レビューとフィードバックの実装
長期志向の導入
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成果評価指標に「幸福度・地域活性・環境持続性」などを含める
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20年・30年スパンの国家ビジョンの策定と進捗検証
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官僚の人事評価に中長期成果を反映
外部との連携強化
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産学官民連携によるオープン・ガバナンスの推進
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国際的ベストプラクティスの導入(北欧、シンガポール、ドイツなど)
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SNSやYouTubeを使った対話型政策広報
世界に共通する「壁」とその打破
「バカの壁」は日本特有の問題ではない。
たとえば、英国のブレグジットや、米国の財政危機も、官僚制の硬直性や政治的不信の結果と言える。
逆に、シンガポールのように柔軟な官僚制度を構築した国では、変化に即応する政策形成が機能している。
つまり、壁の乗り越え方は既に世界に存在している。
それを学び、制度に応用することが、今の日本に求められている。
教育・企業・市民社会への示唆
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教育:記憶重視から探究・創造的思考重視へ(例:PBL型授業、STEAM教育)
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企業経営:短期利益ではなく、ESGや持続可能性を軸にした中長期戦略
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市民社会:オンライン市民会議や電子投票制度など、民主主義の参加設計の革新
結びに代えて:知性とは「育つ」もの
知性とは、インプットされた知識の総和ではない。
**根から幹、枝、葉へと時間をかけて育まれる「生きた構造」**だ。
そして今、求められているのは、「葉」ばかりを整える財務省的思考を超え、知性の根を再構築し、日本のガバナンスと社会の在り方そのものを見直すことだ。
私たちは、知性の再構築を通じて、より健全で持続可能な未来を設計できる。
その第一歩は、「壁」に気づき、それを超える想像力と制度設計にある。