「考える力」が欠けた国家エリート

国家の未来を担うはずの中央官庁において、「考える力」が足りていない。

これは衝撃的な指摘かもしれません。

しかし、私たちの生活を左右する財政政策の背後にある“知的プロセス”を検証するとき、この現実は避けて通れません。

日本の財政を司る財務省。

その圧倒的な処理能力と事務的正確性は世界でも高く評価されています。

しかしその一方で、「前提を疑う」「複雑な現実を捉え直す」「文脈を再構築する」といった“思考能力”の不在が、数々の政策失敗に直結しているのです。

本稿では、処理能力と思考能力という二つの知的機能の違いを明確化した上で、財務省という組織がなぜ思考を停止し、どのように国家全体に悪影響を及ぼしているのかを、多角的に読み解いていきます。

処理能力 vs 思考能力：何が違うのか？

処理能力とは、既存の枠組みやルールに基づいて、情報を正確かつ迅速に処理する能力です。

例えるなら、試験問題に「正しく答える力」。

日本の国家公務員試験の最上位層は、この力を極限まで鍛えた人材で構成されています。

一方、思考能力とは「問いを立て直す力」です。

制度の前提を疑い、他者との対話を通じて問題の構造そのものを捉え直す力。

心理学者ダニエル・カーネマンが述べた“システム2”（熟慮・分析）に該当するこの能力こそ、21世紀型行政に不可欠な要素です。

特に不確実性と多元的価値が交差する政策領域では、処理能力だけでは立ち行かないのです。

財務省──処理能力の極致

財務省には日本中から超難関試験を突破した精鋭が集まり、予算編成、財政健全化、国際交渉といった分野で比類なき正確さと緻密さを誇ります。

110兆円規模の国家予算を精査・調整するその処理能力は、もはや“芸術的”とも言えるレベルです。

また、G7・G20といった国際会議でも、財務省職員の論理的構成力と資料作成能力は高く評価されており、「技術官僚国家・日本」を象徴する存在でもあります。

だが、「思考」は止まっている──事例で読み解く構造的欠陥

消費税増税（2014・2019年）

2度にわたる増税は、家計と中小企業に深刻な打撃を与え、経済の冷え込みを招きました。

財務省は「財政健全化の必要性」を繰り返しましたが、生活者の心理や現場の実態には思考が及んでいませんでした。

結果、日本経済は2014年にマイナス成長に転落。

2019年も同様です。

コロナ禍対応の遅れ（2020-21年）

米国やドイツが大胆な現金給付や企業支援策を打ち出す中、日本は「財政規律」を優先し、給付金支給の遅れや規模不足が目立ちました。

「前例」や「均衡財政」に縛られ、非常時の柔軟な思考が封じられた結果です。

少子化対策の不発

財務省が主導する政策は、依然として「財源の壁」に支配され、住宅、雇用、教育、出産支援を統合する横断的アプローチが欠如しています。

出生率は2022年、1.26という危機的水準に落ち込みました。

デジタル政策の遅滞

マイナンバー制度の混乱、行政手続きの紙依存、電子申告の普及の遅さ。

これらはいずれも、デジタル化の思想や可能性を“考える”力の欠如を示す典型例です。

なぜ思考できないのか？──構造的要因の深層

1. 前例踏襲とリスク回避文化

組織心理学者エドガー・シャインの理論を借りれば、財務省は「失敗を許容しない文化」に支配されています。

若手職員は、制度の枠外で発言することを躊躇し、革新は抑圧されがちです。

2. 専門性の偏り

財務省の人材構成は、経済学と法学に偏っており、AI、心理学、気候変動、社会設計といった現代政策の基盤分野が手薄です。

多元的な現実を捉える「越境的知性」が圧倒的に不足しています。

3. 閉鎖性と対話の欠如

政策形成過程において外部ステークホルダーとの対話が不足しています。

ビジネス界、市民社会、地域の声を拾い上げる仕組みが弱く、結果として「机上の論理」が現実と乖離していきます。

日本社会に拡がる「思考欠如」の波紋

• 経済成長の停滞：OECD平均（2〜3％）に届かない日本の実質成長率（0.5％前後）は、制度の硬直性と政策の短期主義の現れです。

• 社会保障制度の崩壊リスク：出生率の低下と高齢化の加速に対し、抜本的な制度改革が未着手のまま。

• 国際競争力の喪失：脱炭素、AI、スタートアップ支援で日本は大きく出遅れ、財務省の慎重主義が改革を抑制している構造が透けて見えます。

財務省が変わるために──5つの改革提案

• 外部連携の常態化：民間企業・大学との定例ワークショップを通じて視野を拡張。

• 政策パイロット制度：小規模な政策実験を実施し、エビデンスに基づく判断を可能に。

• 若手主導の提案制度：組織内ピッチコンテストを導入し、アイデアの実行までサポート。

• 長期的評価指標の導入：政策の「10年後の効果」を数値モデルで検証。

• 市民参加型プロセスの整備：オンラインでの国民意見収集と公開レビューを仕組み化。

おわりに：処理から「思考」へ

財務省は、「処理のプロフェッショナル」であることに疑いはありません。

しかし、それだけではこの時代の課題には対応できない。

いま求められているのは、「システムを設計する知性」、すなわち「思考のアーキテクト」になることです。

制度を維持する者から、社会の未来を構想する者へ。

財務省の真の役割が問われています。

そして、それは日本という国全体の命運にも直結しているのです。

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